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東京地方裁判所 昭和36年(ワ)7702号 判決

原告 添田良之助

右訴訟代理人弁護士 中井宗夫

被告 菊池幸吉

被告 有限会社菊池塗料店

右代表者取締役 菊池幸吉

右両名訴訟代理人弁護士 福田力之助

主文

被告菊池は別紙第一目録記載の建物を明渡し、昭和三六年一〇月六日から明渡済まで一日金五、〇〇〇円の金員を支払え。

被告菊池塗料店は別紙第二目録記載の建物部分を明渡し、昭和三六年一〇月六日から同三八年九月末日までは月金八万三〇〇円、同三八年一〇月一日から明渡済まで月金九万二、〇〇〇円の金員を支払え。

訴訟費用は被告らの負担とする。

この判決は金五〇万円の担保を供すればその被告に対し仮りに執行することができる。

事実

≪省略≫

理由

(一)  請求原因(一)の事実(註―本件建物につき当事者間になされた期間三年とする賃貸借)は当事者間に争がない。

そして≪証拠省略≫によると、次のよう事実を認めることができる。

原告は長年の間本件建物で株式会社海南(塗料商)を経営していたが、昭和三〇年頃から胃潰瘍の疑で医師の治療を受け、昭和三二年五月からは右病名で、順天堂医院に通院加療を続けていたこと、そこで、昭和三二年八月には株式会社海南の株式全部を訴外島栄蔵に譲渡するとともに、期間一年と定めて本件建物を右会社に賃貸したこと、昭和三三年八月には右会社が約旨どおり本件建物を明渡したので、その利用方法を考えていたところ、一方被告菊池は被告会社を経営し、池袋二丁目一一二七番地に店舗を借りて塗料商を営んでいたが、区劃整理のため店舗が狭くもなるし、引続き同所で営業を続けることが困難になつたので原告に本件建物を貸して貰いたいと申入れたこと、原告は前記のように病気療養中であつて、さしあたつて自ら本件建物を使用することはできなかつたが、病気が回復したならば再び本件建物を使用して事業を営みたいと考えていたので、被告菊池にその旨を告げ、病気療養期間を一応三年と予定し、三年の期間でなら賃貸すると答えたこと、被告菊池は最初せめて五年位は借りたいといつていたが遂にはやむなく原告の右条件を承諾したこと、

以上のようないきさつで前記賃貸借が成立したものと認めることができる。

(二)  原告は右賃貸借が一時使用のために設定されたものであると主張するけれども、三年という期間は必ずしも短期間とはいえないこと、三年経てば病気が回復するということは一応の予定であつて、それ程確実ではなかつたことを考えると、前記賃貸借をもつていわゆる一時使用のものに当ると解することはできない。

原告は一時使用の根拠として、右賃貸借契約の公正証書に一時使用の目的で締結されたものである旨の記載があること、右賃貸借には権利金の授受はなかつたこと、賃料が通常の場合の賃料に比較すれば低廉であつたこと、本件建物の裏側に延四〇坪以上の原告建物があり、まだ原告所有の家財道具をその中に保管したままであること、等を主張しているが、仮りにそうであつたとしても、右賃貸借をもつていわゆる一時使用のためにされたものということはできない。

(三)  つぎに原告が被告菊池に対し、昭和三六年三月四日到達の書面により更新拒絶の意思表示をしたことは当事者間に争がない。

原告は右更新拒絶には正当の事由があると主張するのでこの点について考えるに、本件賃貸借が成立する迄のいきさつは、すでに(二)で認定したとおりであつて、証人鈴木文司、同島栄蔵および同小原清之助の証言ならびに被告菊池本人尋問のうち右認定に反する部分は採用できない。そして原告本人尋問の結果によると、原告は右更新拒絶をした当時、すでに予定どおり病気は回復し、健康状態も普通となり、本件建物を利用して事業を始めたいという意思と能力を有していたことを認めることができる。

そして右認定の事実によれば、原告のした前記更新拒絶を正当の事由あるものといわなければならない。何故かといえば、前記のように本件賃貸借は、当時原告が病気療養中であつたので、病気回復後は再び本件建物を使用したいと考え、その療養期間を三年と予定し、三年の期間で賃貸したものであつて、被告においてもこのことを諒知していたというのであるから、期間満了に先立つて原告が当初の予定どおり病気から回復し、本件建物を利用して事業を始めることができる状態になつたとすれば、その更新拒絶には正当の事由があるものと解するのが相当だからである。

このことは被告らのいうように、被告菊池が賃料の支払は一度も遅れたことなく持参していたとか、同被告が金二〇万九、九八七円を支出して本件家屋の二階を改造し住居としても使用しているとか、原告が本件家屋の外、現住所に宅地一二八坪と住宅を所有しているとかの事実があるとしても、結論を異にしない。

そうだとすれば本件賃貸借は、昭和三六年一〇月五日、契約期間の満了とともに終了し、これと同時に、右賃貸借の存在を前提として認められていた前記倉庫の使用貸借も終了したものといわなければならない。

(四)  以上のとおりであるから被告菊池は本件建物を原告に明渡し、右賃貸借終了の翌日である昭和三六年一〇月六日から明渡済まで、明渡不履行による損害金を支払う義務がある。ところで本件賃貸借契約には、右損害金は一日について金五、〇〇〇円とする旨の特約があることは当事者間に争がない。被告菊池は右特約が、借家法の精神に反し無効であるというけれども、損害賠償の予定額が賃料相当額より高額であるとしても、約定賃料額の二倍以下にすぎず、特に過大な賠償額を予定したものということはできないから、無効ということはできない。

(五)  つぎに被告菊池塗料店が本件建物のうち、別紙第二目録記載の建物部分を使用占有していることは当事者間に争がない。したがつて被告菊池塗料店は原告に対し、右部分を明渡すとともに、明渡済まで賃料相当の損害を支払わなければならない。被告菊池塗料店は、原告が被告菊池に違約損害金を請求できるから、重ねて被告菊池塗料店に対し損害金の請求はできないというが、原告の蒙つている損害は、被告菊池の債務不履行と、被告菊池塗料店の占有との両方の理由によるものであるから、原告としては被告らのいずれかによつて満足を得る自由を有するものと解するのが相当である。そして鑑定の結果によると、別紙第二目録記載の建物部分の賃料相当額は、昭和三六年一〇月当時は月額金八万三〇〇円、昭和三八年一〇月当時は月額金九万二、五〇〇円であると認めることができる。

(六)  以上の次第であつて、原告の本訴請求はすべて正当であるからこれを認容し、訴訟費用について民事訴訟法第八九条、第九三条、仮執行宣言について同法第一九六条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 中島一郎)

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